会頭挨拶・沿革

ごあいさつ

二本松会頭_山口純一_顔写真
二本松商工会議所
第11代会頭 山口 純一

平成30年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 本年度は、昨年2月に策定した第18期中期行動計画の初年度にあたりますが、計画した方針に沿って概ね予定どおり諸事業を実施することができました。ご支援ご協力を賜りました関係機関団体及び会員事業所並びに地域市民の皆様に感謝申し上げます。
 中でも、本年1月に開催した初の「にほんまつ菓子博」、2月の第2回「二本松酒まつり」には、市内外から多くの皆さんにお出でを頂き、評判も良く大変喜んで頂きました。この内容は、3月11日付けの日本商工会議所が発行する「会議所ニュース」にも取り上げられ、全国に報道されたところです。
 さて、このところの国内経済についてです。2012年12月からの景気拡大は、今なお堅調に推移しておりますが、アメリカの長期金利上昇や保護主義的関税引き上げの動きなどから、株価や為替の変動が高まり、実体経済への悪影響及び景気失速も懸念され、注視する必要があります。また、一方の地域経済に目を向けると、回復どころか消費は依然低迷し続けているのが現状です。
 このような情勢下ではありますが、当商工会議所の平成30年度事業方針について、重点とする取り組みを申し上げます。
 はじめに、組織・財政・運営基盤の強化についてです。地域商工業の振興及び地域全体の発展に向けた事業活動を展開する上では、最も重要な根幹となるものです。平成27年度から始めた会員拡大・増強運動の成果もあり、それ以降僅かではありますが増加に転じており、昨年末の県指導監査においても評価を頂いたところです。目標とする平成31年度末の900会員、平成31年10月の当会議所創立50周年に向け、その達成を図るため会員による「新入会員紹介制度」を創設するなど、積極的に展開して参ります。
 次に、中小・小規模事業者の相談業務及び経営改善事業の推進についてです。当商工会議所では「小規模事業者支援法」に基づき、先に申請していた経営発達支援計画が3月16日付けで経済産業大臣から認定されました。当商工会議所会員事業所の殆どは中小・小規模事業者であって、地域経済をけん引する立場にあります。認定された計画の着実な推進を図り、効果的な支援活動を進めるとともに、昨年度から始めた地区別出張相談会の継続、創業者の育成支援、空き地空き店舗活用事業のほか事業承継支援を強化するなど、積極的に展開して参ります。
 3点目は、地場産業・地域物産及び観光の振興と地方創生の加速化推進です。地域産業の振興には、地域物産と観光が密接に関わって参りますし、地方創生を推進する上での若者・子育て支援及び観光交流人口増の取り組みは、定住促進の切っ掛けづくりにもつながります。本年、来場者から好評を博した「菓子博」・「酒まつり」を引き続き企画開催するとともに、市のまち・ひと・しごと創生総合戦略及び観光戦略、並びに市戊辰の役150年事業実行委員会等とも連携し、関係する事業活動を推進して参ります。
 4点目は、当商工会議所の創立50周年記念事業についてです。当商工会議所は、昭和44年10月1日に設立され、平成31年10月には創立50周年を迎えます。このため、本年1月に準備検討委員会を設置し、事業内容等の検討を開始いたしました。平成30年度は、記念事業の実施内容や時期等の具体的方針を決定し、準備検討段階から事業実施に向けた実行委員会への組織を格上げし、その体制を平成31年の事業実施に移行して参りたいと考えております。ついては、一年前となる新年度は創立50周年の機運醸成を図るために、市と連携した「プレミアム付共通商品券発行事業」を実施するほか、冠事業としてのプレ事業を展開して参ります。
 平成30年度は、只今述べた4つの重点施策を柱として事業運営を進めるとともに、会員への弛まぬ支援に全力を挙げ「信頼され、頼られる商工会議所」づくりを目指し、役職員が一丸となって取り組んで参りますので、市及び関係機関団体、会員及び役員・議員の皆様のより一層のご支援・ご協力を切にお願いいたします。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)