会頭挨拶・沿革

ごあいさつ

二本松会頭_山口純一_顔写真
二本松商工会議所
第11代会頭 山口 純一

平成29年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 昨年11月1日、当商工会議所の役員・議員の改選が行われ、不肖私が前石澤会頭の後を引き継ぎ早5ヶ月となります。
 この間、部会・委員会等当会議所の組織に関わる執行運営体制を整えるとともに、懸案であった中期行動計画の策定を了し、年度後半に予定されていたイベント等の事業を予定通り遂行することができました。中でも、去る2月18日に開催した「二本松酒まつりin2017」は、当会議所として初めて企画実施いたしましたが、二本松物産協会清酒部会の熱いご支援で盛り上げて頂き、出席者からの評判も上々で、その後の反響や次回に向けたエールまでも頂きました。これ偏に、ご支援・ご協力を頂きました市はじめ関係団体、市民の皆様、さらには会員事業所並びに役員・議員の皆様、そして当会議所の基盤を築いて頂きました前石澤会頭及び前佐藤副会頭に、改めて感謝とお礼を申し上げます。
 さて、このところの最大の関心ごとは、今後の世界情勢や経済の動きと、これに影響を受ける国内情勢です。去る16日、日本商工会議所会員総会があり、その中で三村会頭は「現在、世界には様々な政治混乱が存在し、米国トランプ新政権の経済政策の不透明さも加わり、変化は激しく、先行きに対する不安、不透明感が高まっており、我々は、これらの不安、不透明な状況は一時的なものではなく、新常態になったと覚悟する必要がある」と挨拶で述べられておりました。確かにそのとおりであると思いましたし、私たちの事業活動においても、常に社会の動きや経済情勢に目を向け、地域の総合経済団体として、なすべき活動を展開することが肝要であると感じた次第です。
 このため、今、地域が抱える多くの課題に如何に取り組んでいくべきかを整理し、今期から3カ年を目標期間とする「行動の理念、行動の指針、目標の設定と課題と戦略」の方策等などを網羅した「中期行動計画」を策定しました。
 この初年度となる平成29年度の主な重点事業と新規取組みについて申し上げますと、
 第1は、組織・財政・運営基盤の強化です。地域商工業の振興及び地域全体の発展に向けた事業活動を展開する上においては、最も重要なことであり、平成27年度から始めた会員拡大・増強運動のほか、会員による「新入会員紹介制度」の創設、生命共済制度リニューアルによる新商品への移行などを積極的に推進して参ります。
 第2は、中小企業・小規模事業者の相談業務及び経営改善事業の推進です。当商工会議所会員事業所の殆どは中小・小規模事業者であり、地域経済をけん引する立場にありますので、新たに地区別出張相談会の実施、創業者の育成支援、空き店舗活用事業のほか事業承継セミナーの開催などを積極的に展開して参ります。
 第3は、地場産業・地域物産及び観光の振興と地方創生の加速化推進です。地域産業の振興を図るためには、地域物産と観光は密接に関わって参りますし、地方創生を推進する上での若者・子育て支援及び観光交流人口増の対策推進は、定住促進の切っ掛けづくりにもつながり、ワーキングホリデー事業の活用や新たに菓子まつりを企画するなど、市観光戦略事業とも連携した活動を推進して参ります。
 また、平成31年には当商工会議所の創立50年を迎えることから、この準備検討委員会の設置も進めて参ります。
 本年は、只今述べた施策をポイントに事業運営を進めるとともに、会員への弛まぬ支援に全力を挙げ「信頼され、頼られる商工会議所」づくりを目指し、役職員が一丸となって取り組んで参りますので、市及び関係団体、会員及び役員・議員の皆様のより一層のご支援・ご協力を切にお願いいたします。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)