会頭挨拶・沿革

ごあいさつ

二本松会頭_山口純一_顔写真
二本松商工会議所
第11代会頭 山口 純一

平成30年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 本年度は、第18期中期行動計画の第2年次となり、計画に基づく着実な事業実施を推進すべく第1年次の実施検証を踏まえ、「変化への適応」「変化を機会(チャンス)」とする改善検討を加え事業計画を策定しました。
 はじめに、現下の経済情勢についてです。2012年12月からの景気拡大は今もなお続いており、1965年11月から57カ月続いた「いざなぎ景気」を超え戦後2番目に達するとの見方でありますが、このところのアメリカ経済の動きを懸念した株価下落や円高傾向が不安要素にあるものの、これまでの底堅い内外需を背景とする国内経済は、今後も回復基調が続くものと予想されます。一方、地域の中小・小規模事業者の経営や消費の動向は、依然として低迷しているのが現状であり、今後の回復成長に向けた政策や経済活動に期待するところです。
 また、東日本大震災と原発事故から8年目に入りました。本県にとって、風評被害の払拭は喫緊の課題であり、その克服のためには国・県をはじめ関係機関団体等の力を結集し、より一層の対策を強化して行かなければなりません。
 このような中、地方においては人口減少が顕著に進んでおり、この影響等から経済の縮小と活力の低下も進行しております。地域の活性化と振興を推進することは、商工会議所の持つ重要な役割でもあります。
 当商工会議所は、これら直面する問題及び諸課題に対処するべく、当商工会議所創立50周年を明年に控え、重点とする組織・財政基盤の強化並びに中小企業・小規模事業者の経営改善や支援等を通し、地域経済の活性化と活力強化に向けた施策を講じ、積極的に取り組んで参ります。
 具体的には、商工事業者の事業承継、空き地・空き店舗活用、創業等の相談・支援活動を強化するほか、来年の当商工会議所創立50周年の機運醸成を図るため、二本松の“匠”「二本松酒まつり」・「にほんまつ菓子博」のブランド化推進イベント、「にほんまつファミリーサイクリング」、市と連携した「プレミアム付共通商品券発行」をプレ事業として実施するほか、婚活や定住促進施策などの事業を実施し、地域が将来にわたり持続できるよう真の地方創生にも取り組んで参ります。
 さらに、本年は戊辰の役から150年にもあたります。我が二本松にとって、二本松少年隊の悲劇は忘れることのできない後世に伝えるべき歴史です。二本松市戊辰の役150年事業実行委員会と連携し、当商工会議所主催の「春爛漫さくらウォーキング」や実行委員会主催の「戊辰ゆかりの地めぐりウォーキングを始めとする記念事業」の実施、さらには福島県城下町連絡協議会が企画開催する「城フェスタin二本松」に参画し、当市の歴史探訪に県内外から多くの皆さんに訪れて頂きたいと願っております。
 以上が平成30年度の主要概要です。これら施策の推進は、当商工会議所のみでできるものではなく、企業・事業者並びに地域住民のご理解を得ながら関係機関団体等とも連携を図り、政策提言なども行いながら進めて参ります。二本松商工会議所は、現実の社会情勢を見据えながら、会員事業所の拠りどころとなり地域住民の皆様のご期待にお応えできるよう『信頼され、頼られる商工会議所』として努力して参ります。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)