会頭挨拶・沿革

ごあいさつ


二本松商工会議所
第12代会頭 菅野 京一

令和4年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 令和4年度事業計画は、第19期中期行動計画の最終年次にあたり、当該計画で取り組むべき重点事項を前提に推進することに加えて、新型コロナウイルス感染症対策に対応した事業計画を策定しました。

 はじめに、現下の社会情勢についてですが、依然として変異を繰り返しその度に猛威を振う新型コロナウイルス感染症は、社会経済の混乱と先行きの不透明感を増長しています。さらには、地政学的な安全保障上の緊張と紛争並びに地経学的な資源の需要と供給の不安定が更なる混迷を招いている状況にあります。このような中、昨年秋に岸田政権が発足し、『新型コロナ対応』と『新しい資本主義の実現』を政策の柱として打ち出したことは、商工業者に直結する意義あるものと受け止めています。今後、長引くデフレからの脱却を目指した成長と分配の好循環にかかる具体的な施策に期待を寄せるところであります。

 このような現状を踏まえ、昨年度に引き続き本年度事業計画においても「感染防止対策と社会経済活動の両立」を命題に以下の事項に注力し、事業執行に邁進する所存です。

 先ず、感染症対策及び会員事業所のリスク回避と強靭な事業所の組織体制の構築については、「事業継続力強化支援計画」と「健康経営」の推進を強力に図ってまいります。

 次に、困窮する事業者の経営回復にかかる対応については、「経営発達支援計画」や「新型コロナウイルスに関する経営相談窓口」を基軸に融資や各種補助金並びに業態変革など、実体に即したきめ細かな経営支援・相談を実施いたします。

 また、経済活動の回復については、新型コロナウイルス感染症の終息までの行程には幾多の障壁が介在することが予測されますが、感染防止を念頭に置き万全な予防対策のもとで、従来の催しを新しい手法も導入し実施する一方、地方が持つ資源や地域特性を活かし、着地型・体験型観光による誘客の増加やECを活用した特産品の販路拡大など新たなる事業展開を行政と一体となって取り組んでまいります。

 さらに、各種事業の遂行にあたっては、SDG’sが提唱する項目をグローバルな視点をもって関連付け、自然環境の保護及び健康と福祉の確保などの諸課題に取り組み、持続可能な社会形成に努めます。

 また、会議所の組織強化にかかる事務体系といたしましては、感染症対策としての時差出勤制度を規程化し、適宜実行するとともに、時差出勤におけるあさ活・ゆう活を活用し、職員個々の自己啓発を目的に自主研修の機会を設け、組織としての事務の効率化・多様化に即応できる組織づくりを目指してまいります。

 なお、本年は役員・議員の改選期にあたり、新体制のもと事業計画の柱となる次期中期行動計画の策定も予定しております。

 二本松商工会議所は以上の計画に基づき、地域社会との一体的な発展と会員事業所とのより強固な紐帯を作り上げてまいります。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)