会頭挨拶・沿革

ごあいさつ


二本松商工会議所
第12代会頭 菅野 京一

 昨年の11月1日、当商工会議所は第20期となる役員改選が行われ、新体制となりました。会員並びに市民の皆様方には、日頃のご支援とご協力に対し、感謝を申し上げますとともに、一層のご指導を賜りますようお願い申し上げます。
 さて、昨今の社会情勢を見ますと、長期化する新型コロナウイルス感染症の影響に加えて、地震や台風・豪雨など頻発する自然災害、ロシアによるウクライナ侵攻、世界的なインフレや、10月1日のインボイス制度導入など、様々な社会経済環境の変化が次々と押し寄せ、極めて予測困難な状況が続いています。また、地域経済においても、これら複合的な要因による電力ガスなどのエネルギーや原材料・物流コストの高騰等のサプライチェーンの混乱、物価上昇や急激な円安が大きな影響を及ぼしており、当管内企業にも、厳しい経営環境となっています。
 当商工会議所としましても、感染症拡大防止と社会経済活動の両立、ウイズコロナ・アフターコロナを見据えながら、これら当面する問題及び今度の諸課題に対処するため、新たな「経営発達支援計画」を国へ申請したところであり、今期、第20期から3ヶ年を目標とする「中期行動計画」を策定し、これに沿って毎年度事業計画を立て、効果的な施策を講じて参ります。
 今年度は、その初年度にあたり、中期行動計画と併せて新年度事業実施計画の策定を進めて参りますが、最重要課題は「中小企業・小規模事業者の経営基盤の強化」と「地域の活性化」であります。経営支援、金融・税務・経理のほか事業承継、創業支援等の相談業務を通し、事業再生・生産性向上に向けた支援に努めると共に、これまで開催してきた「さくらウォーキング」、「プレミアム付き商品券」、「菓子博・酒まつり」等の事業を継承し、持続性ある戦略として位置付け、誘客の促進と地域経済の活性化推進のために取り組んで参ります。
 当商工会議所は、日々変化する社会情勢に目を向け、会員事業所の拠りどころとなり地域住民の皆様のご期待にお応えできるよう『信頼され、頼られる商工会議所』を目指し努力して参りますので、関係皆様の一層のご指導とご協力をお願い申し上げ挨拶といたします。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)