会頭挨拶・沿革

ごあいさつ

二本松会頭_山口純一_顔写真
二本松商工会議所
第11代会頭 山口 純一

平成31年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 平成31年度は、第18期中期行動計画の最終年度となり、計画に基づく着実な事業実施を推進すべく第2年次の実施検証を踏まえ、「変化への適応」「変化を機会(チャンス)」とする改善検討を加え事業計画を策定しました。
 はじめに、現下の経済情勢についてです。国内的には緩やかな回復を続けつつも、米中貿易摩擦などによる中国や欧州等海外経済の減速が出始めており、これまでも厳しかった地域の中小・小規模事業者を取り巻く経営環境並びに依然長期低迷している消費において、先行きの不透明感が増している状況にあります。加えて、本年10月には消費税率の引き上げと軽減税率の導入が予定されており、これに伴う景気対策の実施や軽減税率導入に向けた事業者側の準備は、今後の動きに注視しつつ、待ったなしの対応に迫られております。
 また、東日本大震災と原発事故から8年を経過した本県にとっては、復興・創生期間が残り2年となり、国・県はもとより関係機関団体等が連携し、総力で風評をはじめとする諸対策を進めて行かなければなりません。
 このような中、当商工会議所は本年創立50年の大きな節目を迎えます。これまでの50年を礎とし、これからの未来を目指し、今抱える問題・諸課題に対処していくため、当面のビジョンとする中期行動計画及び年度事業方針に基づき、重点とする組織・財政基盤の強化、並びに中小・小規模事業者の経営・事業承継・創業等の指導や支援を通し、地域経済の活性化・活力強化に向けた施策を講じ、会員事業者並びに地域社会が持続できるよう積極的に取り組んで参ります。
 本年は、春の桜シーズンに「全国さくらシンポジューム」が本市で開催されますし、当商工会議所では創設50周年を記念し、記念式典をはじめ記念誌発行や記念事業を予定しております。中でも「会員拡大キャンペーン」、「ジュニア・エコノミー・カレッジ」、「“開運!なんでも 鑑定団”招致」などの事業は、特に会員・地域皆様の支援協力を頂き、実施して行く所存です。このほか、これまで開催してきた「さくらウォーキング」、「プレミアム付き商品券発行」、「ファミリーサイクリング大会」、「菓子博・酒まつり」などの行事については、50周年の関連事業に位置付けて開催し、今後を見据えた持続性のある戦略となるよう、誘客促進や地域活性化の視点に立って、推進して参ります。
 また、本年は役員・議員の改選期にあたります。新たな体制のもと、次期中期行動計画の策定も予定されておりますので、当商工会議所はこの創立50年を機に、今、社会に求められているキャッシュレス化・働き方改革への対応なども含め、未来の地域づくりに向け「夢をつなげて50年~創ろう未来・つなぐ地域の底力!~」をテーマに各種事業等に取り組んで参ります。
 以上が平成31年度の主要概要です。これら施策の推進は、当商工会議所のみでできるものではありません。地域の企業・事業者並びに住民の理解を得ながら関係機関団体等とも連携を図り、政策提言など行いながら進めて参ります。二本松商工会議所は、日々変化する社会情勢に目を向け、会員事業所の拠りどころとなり地域住民の皆様のご期待にお応えできるよう『信頼され、頼られる商工会議所』を目指し努力して参ります。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)