会頭挨拶・沿革

ごあいさつ

二本松会頭_山口純一_顔写真
二本松商工会議所
第11代会頭 山口 純一

令和3年度の二本松商工会議所事業運営にあたって

 令和3年度は、第19期中期行動計画の第2年次となり、初年次の事業がコロナ禍の影響を色濃く受けたことを踏まえ、着実な事業の推進並びに経済活動の回復と新たなる展開に重きを置き事業計画を策定しました。
 はじめに、現下の社会情勢においては、新型コロナウイルス感染症が世界を席巻し、経済活動を含む社会機能並びに日常生活を混乱に陥れています。国内では、ワクチン接種が開始され、収束に向けての着実な第一歩が今踏み出されています。また県内は、東日本大震災と原発事故災害、令和元年東日本台風(台風第19号)による豪雨災害、新型コロナウイルス感染症感染拡大、令和3年福島県沖を震源とする地震災害と四重の困難に直面しています。一方政治面では、昨年、日本とアメリカ合衆国でそれぞれのトップの交代があり、経済・外交問題などの解決に期待が寄せられています。
 この間、当会議所では、コロナ禍の影響で中止を余儀なくされた事業等が少なからずありましたが、新しい生活様式等のガイドラインに則り可能な限り予定した事業等の実施に努めました。また、「新型コロナウイルスに関する経営相談窓口」を開設し、国や自治体の支援策等に対する最新情報の提供や交付申請等にかかる支援等をはじめ、金融機関との連携を密に図り融資制度の活用などを含む千数百件の相談業務にあたりました。更には、国・県・市に対して、事業者の現況と資金繰りや雇用維持などの支援策にかかる要望活動を積極的に行って参ったところであります。また、本年2月には福島県より県内初めてとなる「事業継続力強化支援計画」の認定を受けました。
 このような現状を踏まえ、本年度事業計画においては、「感染拡大防止と社会経済活動回復の両立」を命題にバランスの取れた事務事業の執行を目指し邁進する所存です。先ず、備えとして「BCP(事業継続計画)」に基づき当所における危機管理を徹底すると共に、「事業継続力強化支援計画」を促進し、会員事業所のリスク回避と強靭な組織体制の構築に努めて参ります。また、コロナ禍克服のための実情に則したきめ細かな各種経営相談・支援事業を中心とした企業経営の下支えをして参ります。次に、万全な感染症対策のもとに従来の事業を円滑に進めると共にSDGsやウィズコロナ・ポストコロナを見据えたセミナー等を開催し、新たなる事業の推進に取り組んで参ります。
 魅力ある商品の販路拡大並びにビジネスマッチングなど地方都市が持つ資源を最大限に活かした新たなる事業を模索し、行政と一体となって推し進めて参ります。
 以上が令和3年度の主な事業計画の概要ですが、これら施策の推進にあたっては、地域の企業・事業者並びに住民の理解を得ながら関係機関団体等との連携のもと、政策提言や意見要望を行いながら進めて参ります。二本松商工会議所は、日々変化する現代社会の動向と情勢を敏感に捉え、会員事業所の拠りどころとなり、地域住民の皆様のご期待にお応えできるよう『信頼され、頼られる商工会議所』を目指し努めて参ります。

沿革

城下町と商店街

 二本松藩主丹羽光重公による城下町の大整備事業にともない、新たに切りひらかれた街道筋への町人街の移動が行われたのは、今から約350年前のことです。町の中央を東西に走る丘陵に沿って拓かれた町筋には、この山を境に竹田・根崎と若宮・松岡・本町・亀谷の6町内がつらなり、鍛冶・指物大工などの職人や商人たちがそれぞれに町人の街を形づくってきました。
 その後の長い歴史の中で、ときには盛衰はあったものの新たに郭内を加えた7つの商店街は、当時の町名をそのまま冠した商店街として今も活発な活動を続けています。

2つの商工団体から二本松商工会設立へ

 長いこと城下町の面影をとどめた街道に、その後大きな変化はなく時代が移りました。しかし、戦後まもない昭和23年、本町地内を通過することになった新国道の開通は、これらの商店街にさまざまな影響を及ぼしはじめました。
 優位に立った本町地区の商店街は翌24年3月、二本松商友会(会長・岡村栄八郎)を結成して気勢をあげましたが、これに呼応するかのように同年11月には、竹田・根崎地区の商店街が竹根郭内商工会(会長・山田健二郎)を結成、山をはさんで2つの地域商工団体が競合する時代が続きました。このような状況の中で、昭和30年1月には1町5ヶ村の合併により新二本松町が誕生、ようやく商工業界に大同団結の気運がおこり、翌31年4月に二本松商工会(会長・岡村栄八郎)の設立をみるに至りました。
 この時代の出来事をもう1度年譜によってひろいますと、

昭和30年  町村合併 (1月)
お城山で初の菊人形展 (10月)
昭和31年 二本松商工会結成 (4月)
昭和32年  初のスーパー「ベニマル」二本松に出店 (5月)
二本松町役場新庁舎落成し本町より移転 (12月)
昭和33年 二本松市誕生 (10月)
昭和34年 本町通り初の駐車禁止 (8月)

 これらの時代を背景に、昭和35年11月には「商工会の組織等に関する法律」にもとづき、新たに二本松市商工会(会長・岡村栄八郎)が設立され名実ともに市内商工業者を一体化した組織が確立されました。

商工会議所設立までの経過

 その後、商工会議所設立の機運が高まり、昭和40年3月になって有志による協議会が開かれ商工会議所設立準備会が発足、設立への第一歩をふみ出し、関係機関の指導を経て翌41年8月には設立発起人会を結成、総代に岡村栄八郎を選任し、事業執行の充実、会員加入ならびに会費の増をはかり、昭和43年5月、商工会通常総代会において役員の改選が行われ、会長に岡村栄八郎、副会長に藤井清、五十嵐一、専務理事に鈴木幹雄を選任しました。また、この年11月には、今まで商工会が行ってきた連合大売出し等の事業を分離するため、新たに二本松市商店街連合会(会長・矢島庄助)を発足させるなど、設立への態勢をととのえました。 
 この間、事務局整備のため市商工観光課商工係長(43年9月)、郡山商工会議所開発係長(同年10月)、さらに市商工観光課長(44年1月)の各氏を移入し、設立準備をととのえました。
 昭和44年7月3日、二本松商工会議所設立総会(於霞ヶ城会館)を開催し、9月20日に通商産業大臣から設立を認可され、同年10月1日待望久しかった商工会議所が幾多の困難を克服して発足し、初代会頭に五十嵐武三が就任しました。(敬称略)